ハードボイルドだど!

 正月らしく、刺身、筑前煮などを肴に日本酒。その間、読みかけの志水辰夫「あした蜉蝣の旅」(新潮文庫)読了。都内で小さな編集プロダクションを営む男に、祖先の残した財宝探しの話が持ちかけられる。半信半疑だった男の周囲には、その話を持ち込んだ老人と、その美貌の姪、宝探しに興味を持った友人たち、男の遠縁に当たるヤクザが集まり、誰が誰を出し抜くかという底なしの欲望ゲームが始まる……。こう書くと単なる宝探しの冒険小説のようなあらすじだが、本書に血湧き肉踊るストーリー展開を期待すると裏切られることになるだろう。宝の埋蔵場所にたどり着く前に400頁ほどが費やされ、そこで語られるのは男を中心にした人間関係。宝に関係した人間ばかりでなく、男の経営する会社の社員や、謎めいた老人の姪をめぐる男同士の出し抜き合いなど、本筋から離れたエピソードばかり。これを冗長と見るかは読者に委ねられるが、「一九八二年」と題された前半のラストで宝探しはいったんピリオドを打ち、ひとつの悲劇が語られる。その12年後、「一九九四年」と題された後半では新たな人物が加わり、男はふたたび宝探しのゲームに巻き込まれることになる。が、ここでもまた悲劇は繰り返され……という、読者のカタルシスはいっこうに解消されないまま、もどかしい結末を迎えるのだ。文庫で800頁を超える大作に何を期待するかは読者それぞれでしょうが、本書は、ハードボイルド小説かというとそうでもなく、普通小説かというとそれも少し違う、まるごと志水辰夫(シミタツ)としか言いようのない作品。登場人物は次々と死に、タイトルが指し示す通り、はかない人間の運命そのものと、行方も知れない人生のありようが主題そのもの。40歳を超えた俺にはビシビシ響くフレーズが散りばめられ、それを拾っていくだけでも面白かったのだが、若いときにこれを読んでピンとくるかどうかはむずかしいかも。コアなシミタツ・ファン、あるいは中年向けの小説と言えようか。それにしても、昨年(2007年)、同じ作者の「行きずりの街」(新潮文庫)が「1991年度『このミステリーがすごい!」第一位』の帯を付けた途端、3カ月で18万1000部を売り上げたそうだが、Amazonのレビューを見る限り、ミステリーの謎解きを期待した若年読者の評価は低いようだ。ハードボイルドというジャンルがまったく理解されていないのかと思うと悲しくなった。(今回は集英社文庫版の書影を掲げておきます)


あした蜉蝣の旅 上 (集英社文庫) あした蜉蝣の旅 下 (集英社文庫)


 そして夜にもう1冊。荻原浩「あの日にドライブ」(光文社)。こちらも主人公は同じく中年。上司と衝突して銀行を退職した男がタクシードライバーとなり、腰掛けのつもりが、職業人として立ち直っていくというストーリー。ミステリーからSF、ユーモア小説までそつのない荻原浩だけに、この作品も十分の満足度。銀行マンだった時代の自分が忘れられず、過去にもしこうしていたらと妄想するだけで日々を過ごす前半から、前向きに生きて行こうとする立ち直りを描いていく後半部がミソ。正月早々、中年が主人公の小説を2冊立て続けに読んだわけだが、これって結構、重かったかも…。軽いものをセレクトしておけばよかった(後悔)。ちなみに、今晩も隣の歌声男、深夜2時ごろから絶叫モード。正月ぐらい、母ちゃんの顔見に田舎に帰れよと舌打ちしたくなった。


あの日にドライブ