漫画家の日記、架空戦記、時代小説

 金曜日に次に取りかからなければならない本の資料を借りに図書館へ行き、ついでとばかりに軽く読めるものをと数冊ピックアップ。ユリイカ西原理恵子特集」、町田康いしいしんじ「人生を歩け!」(毎日新聞社)、江口寿史江口寿史の正直日記」(河出書房新社)、松浦寿輝「散歩のあいまにこんなことを考えていた」(文藝春秋)の4冊だが、最後をのぞく3冊は今日までに読了。「江口寿史の正直日記」など、570ページもあったので、軽く読むどころか、ヘビーな読書量となってしまった。日記なので飛ばし読みすればよかろうという気もするが、書けない漫画家の悩みが身につまされ(自分も締切間際にならないと取りかかれないたちなので)、ついつい丹念に読んでしまう。江口寿史の漫画は「寿五郎ショー」「ひのまる劇場」などが出ていた頃に読んだきりになっていたが、この日記は漫画並に面白かった。


江口寿史の正直日記


 が、しかし、この週末に読んではまったのは、佐藤大輔伊藤悠皇国の守護者」(ヤングジャンプコミックスウルトラ)。無茶苦茶、面白いじゃねーか。作画の伊藤悠が女の作家といういうのも驚き。男性誌に女性作家が描くのは珍しくなくなったけど、こんな絵まで描く作家が出てきたとは。しかも戦争もの。いやー、はまりました。次が早く読みたい。そのほか、この週末はドラマ「ハケンの品格」もまとめ見。演出がもろコミックだけど、これはこれではまる。篠原涼子の「それが、何か?」は巷でははやっているんでしょうか?


皇国の守護者 1 (ヤングジャンプコミックス)


 さて、時代小説、しかも町人を主要な登場人物にすえた必読本はあるか、というリクエストがありました。本来なら、岡本綺堂「半七捕物帖」に、山本周五郎池波正太郎藤沢周平の諸作ということになるのでしょうが、じつは俺はこれらの作品は50過ぎてからの楽しみにとってあるので未読ばかりなんです。そんなわけで、苦しい選択肢から以下をピックアップ。切り口の違うものもありますが、その辺はご寛恕のほどを。


都筑道夫「べらぼう村正 女泣川ものがたり」(文春文庫)
 深川の長屋を舞台に、隠し売女たちの生活を守るため、「べらぼう村正」と名付けた竹光で用心棒をつとめる旗本の若隠居、左文字小弥太。竹光ながら滅法強い小弥太の胸のすく活躍と、長屋の人々との人情噺がこれまたじつにいいんですね。正直、泣かされます。都筑道夫はミステリのテクニシャンとして一級の作家ですが、若い頃は伝奇小説を書き飛ばしていたこともあり、俺としてはミステリよりも時代小説のほうが好みだったりもします。本作では、会話文が抜群にいいんですよ。江戸の人は本当にこんなしゃべり方をしていたのでは、と思わせるくらい。続く、「風流べらぼう剣―続女泣川ものがたり」(文春文庫)もぜひ。とはいっても、本書はすでに絶版なのですが、古本屋でもすぐに見つかるでしょうし、Amazonマーケットプレイスなら、なんと2冊とも1円で購入できるようです。


宮部みゆき「幻色江戸ごよみ」(新潮文庫
 宮部みゆきの時代小説ならもう何だっていいんですよ。そんな気にさせてくれるほど好きです。「火車」「理由」「模倣犯」など、現代小説のほうにファンが多いかもしれませんが、俺の感触としては、素の宮部みゆきが出てくるのが時代小説、次に子供を主人公にすえた小説のほうではないかと考えております。「幻色江戸ごよみ」は、睦月から師走まで12の月ごとのお話を集めた短編集。ミステリ、怪談、人情噺の要素が渾然とした、宮部時代小説初心者にもオススメの1冊。これが気に入ったら「本所深川ふしぎ草子」「堪忍箱」「初ものがたり」「かまいたち」など他の新潮文庫の作品を読みあさり、講談社文庫のお初シリーズ、「震える岩ー霊験お初捕物控1」「天狗風ー霊験お初捕物控2」「ぼんくら」「日暮らし」へと進みましょう。


隆慶一郎吉原御免状」(新潮文庫
 お次は吉原を舞台にした、ヒーロー時代劇。主人公の松永誠一郎は後水尾天皇落胤。それが裏柳生と傀儡子(くぐつ)一族との戦いに巻き込まれ、宮本武蔵直伝の剣で快刀乱麻の大活躍。これだけ書くと、なんだ、ただのチャンバラかと思われるかもしれませんが、これがじつに時代小説に大転換をもたらした大傑作。吉原の風俗描写はいうに及ばず、網野史学の援用による知的なエンターテインメントとして成立しているのだから、恐れ入谷の鬼子母神。あぁ、これをまだ読んでいない人がいるとは、なんて幸せなんでしょう。いますぐ本屋に走りましょう。


 と、ここまで書いてきてもうネタ切れ。江戸町人ではなく、農民が主人公って何かなかったかなと、深沢七郎笛吹川」を思いだしたが、これは戦国時代が舞台でした。山田風太郎で何かこじつけができないかと思いだしてみると、「白浪五人帖」は盗賊が主人公、「八犬伝」は滝沢馬琴が主人公だが、葛飾北斎山東京伝鶴屋南北なども出てきたり、下級武家の生活もわかって非常に面白い。野坂昭如には男女のどろどろとした因果話はなかったっけと、傑作「骨餓身峠死人葛」を思い受かべるが、これは調べると大正時代が舞台。あぁーつ、俺の記憶もこんがらがっているぞ。
 うーむ、やはり、綺堂、周五郎、正太郎、周平ははずせないようですね。これらについては、俺より、ネットや時代小説本のガイドに詳しく解説があるでしょう。あれこれ思いだしていくと、時代小説も読みたくなってきたが、そんな自分が最初に読んで面白さに目覚めた時代小説(とくに伝奇)が、石川淳の「至福千年」(岩波文庫)。幕末の江戸を舞台に、幕府の転覆を狙う隠れキリシタンの一派とそれを阻止しようとする一派が死闘を演じるというロマン。独特の漢文調にしびれます。