おバカさん

 引き続き、眠れぬ夜の読書。今晩は遠藤周作「おバカさん」(角川文庫)。なぜ今頃こんな昔の本を? という疑問はありましょうが、以前読みかけになっていたのを思いだして、エイヤッと読了したのであります。
 こんなお話です。東京の銀行員隆盛のもとへ、ある日、フランス人の文通相手、ガストン・ボナパルトが現れる。名前から推察されるとおり、彼は皇帝ナポレオンの末裔。しかし、顔は馬のように長く、英雄の子孫とは思えない臆病者。しかも、無類のお人好しで、日本に着いてからはあちこちで珍事を巻き起こす。隆盛の妹、巴絵ははじめこのフランス人を意気地なしと軽蔑していたが、次第に彼の清らかな魂に惹かれていく。ガストンは街で知り合った殺し屋の遠藤を救済するため、東北へと旅立つが……。
 結末を言ってしまえば、ガストンは最後、遠藤を助けるために死に(と思われる)、シラサギに姿を変えてみんなの前から消えてしまう。ガストンは神が人間に姿を変えて日本に現れたのか、それとも、最後は神に召されてシラサギになったのか、それは各自が好きに読んでよいでしょう。この小説ははじめ1959年3月から8月にかけて朝日新聞夕刊に連載され、単行本化されたのは同じ年の10月だそうです。時代背景を考えれば、東京オリンピックに向かって東京が大変貌する以前のまだのんびりとした東京の風景(とくに渋谷)も興味深いし、いまで言えばツンデレとでもいうべき巴絵も愛すべき女の子としてえがかれている。殺伐とした現代においては、悪意は明らかな存在としてある、という前提を人は持ちがちですよね。そんな時代だからこそ、悪人が出てこない、善意を正面から書くことのできた昔の小説を読むことが楽しいのかもしれません。俺の場合、古いモノクロの映画を見ている気分がして、それがまた良かったりするんです。


おバカさん (角川文庫)